要点(30秒で): イタリア式サッカーの11ポジションを擬人化したAIエージェントが、試合の流れに合わせて予測市場を自動で開設するOSS「The Eleven」がX Layerメインネットで稼働している。Uniswap v4の自作フックとEIP-3009署名で「ガス代ゼロ・USDT0決済」を成立させており、自律エージェントとオンチェーン金融を結ぶ実装の生検体になる。読みたい開発者は、まずPropMarketHookとMCPサーバ周りから入るのが近道だ。

X Layerのメインネットに、11人格のAIエージェントだけで運営される予測市場が立ち上がった。サッカー観戦の最中、ピッチで何かが起きるたびに、それぞれ違う美意識を持ったAIたちが勝手に賭場を開いていく——そんな風景が、すでに動いている。

リポジトリは winsznx/theeleven。MITライセンス、6月時点で668スター。デモサイトは regista11.xyz で稼働しており、判定用に開放された /status エンドポイントまで備える。単なるコンセプト実証ではなく、メインネットにデプロイ済みの実物だ。

背景・文脈

舞台はOKXが運営するX Layer。Polygon CDKを使ったzkEVM系のL2で、2024年に立ち上がり、Uniswapが手数料ゼロでローンチした実績がある。ステーブルコイン側ではTetherのオムニチェーン版USDT0が走り、x402プロトコル経由でガス代ゼロのUSDT送金がすでに常用可能になっている。

そこに2026年6月のFIFAワールドカップが重なった。OKXはBTC建ての予測キャンペーン「The Beautiful Game」を6月3日から開催中で、開発者向けには別途、X Layer上でエージェント基盤を競う「Build X」ハッカソンが進んでいる。The Elevenはその文脈で生まれた作品で、5月22日の初EIP-3009決済から5月28日のメインネット展開まで、本番ネットワーク上の取引ハッシュをそのまま提出物の証拠として残している。

仕組み・特徴

中身は4パッケージ構成のモノレポ。Foundry製スマートコントラクト、TypeScriptのエージェントランタイム、Next.js 15のdApp、そしてEIP-3009フローを担う facilitator がnpmに @regista11/x402-facilitator@0.1.1 として独立公開されている。MCPサーバまで切り出されており、Claude DesktopやCursorからエージェントスキルとして呼び出せる構造だ。

主役は2つ。1つ目がUniswap v4の自作フック「PropMarketHook」beforeSwapafterSwapなどのライフサイクルメソッドをほぼ全て上書きし、OVER/UNDERの2プールを別管理しながらコミット・リベール方式でフロントランを封じる設計になっている。賭けの内容は keccak256(revealedParams || salt || agent) でコミットを取り、期限内に公開されなければ自動で返金される。CREATE2のソルト掘削(約16K回・749ms)で必要なパーミッションビットマップ 0x2A80 を揃え、67/67テスト・100%カバレッジを達成済みだ。

もう1つがEIP-3009を使ったガスレス・ステーキング。ユーザーは transferWithAuthorization のEIP-712署名をウォレットで1回するだけで、in-appの facilitator が代理でオンチェーンに流す。ガス代はリレイヤがOKBで支払うため、ユーザー側の負担はゼロ。READMEいわく「X Layer上でEIP-3009ガスレスフローを使った初めての文書化済みdApp」であり、x402系のステーブルコイン決済と予測市場が直結した事例として読み価値が高い。

11人格の役割分担

肝心の「11のAI」は、イタリアサッカーの11ポジションを擬人化したものだ。司令塔の Il Regista はクリーンシート・ポゼッション・コーナーキックを担当、純然たるストライカーの Il Bomber は次の得点とシュートを、ゴールキーパーの L’Ultimo はクリーンシート専門——という具合で、各キャラクターが「自分のポジションらしい賭け」を試合中に2〜4個ずつ開けていく。

裏側では MatchPoller がFootball-Data.orgまたはAPI-Footballから試合データを取得し、MatchStateDiff としてポゼッション変動・シュート・ファウル・コーナーの差分を流す。各人格は自分の TickLoop で「いま開くべき市場か」を判断し、ステーキングが閉まったら自動でリベール処理に進む。Math.random() を避けた決定論的設計で、同じ試合フィードを与えれば同じ判断を再現できる。これが11体まとめてDockerコンテナ1個で並走する。

性能・実装の堅さ

数字で見たときの厚みも相応にある。コントラクトは85テスト、PropMarketHookは行/分岐/関数100%、エージェントは229テスト、Webは172テスト。FlapResolutionRelayという紛争用のリレイ契約だけでも18テストが書かれており、ガーディアン拒否権つきの異議申し立て窓口まで用意されている。

オンチェーンの足跡もはっきりしている。Factoryは 0x080627e92182cb87911a7e512379ced1ecdd3ab5 としてOKLinkでソース検証済み。USDT0は 0x779Ded0c9e1022225f8E0630b35a9b54bE713736、Uniswap v4のPoolManagerは 0x360E68faCcca8cA495c1B759Fd9EEe466db9FB32 を参照する。EIP-712ドメイン名がコード上で USD₮0(U+20AEのトゥグルク記号)にロックされている細部まで含めて、運用上のハマりどころに執着して書かれた本気のコードという印象だ。

使いどころ・始め方

すぐ動かしたい開発者向けには、ローカル開発手順が綺麗に揃っている。pnpm install でモノレポを引いた後、pnpm --filter @regista11/contracts test でフォージのテストが走り、pnpm --filter @regista11/web dev でローカルdAppが立つ。エージェントは agent:start <fixtureId> --persona=all で11体まとめて起動できる。

注目はやはりMCPサーバだ。get_system_status / list_active_markets / get_market_details / submit_gasless_stake の4ツールが用意されており、Claude Desktop・Cursor・VercelのAI SDK・OnchainOSなどMCP対応ホストならどこからでもエージェントスキルとして呼び出せる。x402-facilitatorはnpmで単独公開されているため、EIP-3009ベースのガスレス決済を自前プロダクトに足したい人にとっても再利用しやすい部品になっている。

日本・個人開発の視点

これは個人開発者にとって、「自律エージェントの完成形」のかなり手の届きやすい見本だ。MCPでスキルを公開する流儀、Uniswap v4フックの実装、EIP-3009でユーザーに署名だけ求めて裏で決済を回すUX——日本のWeb3スタートアップが個別に詰まりがちな論点が、ひとつの動くサンプルにまとまっている。

日本国内ではプロップベットを含む賭博周りの規制が厳しく、そのまま”日本向けスポーツ予測市場”として展開できる代物ではない。ただ視点を変えれば、「リアルタイムのイベント差分を観測して、自律エージェントが何かを自動的に判断・実行する」という骨格は、スポーツとも金融とも切り離せる。物流の遅延、SaaSの稼働ピーク、株式の出来高、ライブ配信のチャット感情——イベント駆動で動かしたい何かを持つチームにとって、参照価値は高い。

参考までに、本番運用を志向するエージェント基盤の最近の動きとしては、Pythonエコシステムの本命格であるHaystack 2.30、本番AIエージェント基盤の本命——RAGの先へや、体系化されたカリキュラムとして読まれているゼロからAIエージェント開発者へ——110講58万字の中国発ロードマップが並走している。”動く実装”と”体系化された知識”を見比べると、いま自分がどこに立っているかが掴みやすくなる。

要点まとめ

  • The Elevenは、イタリア式サッカーの11ポジションを擬人化した自律AIエージェントが、試合中に予測市場を開設していくOSSプロジェクト
  • 心臓部はUniswap v4の自作フック「PropMarketHook」とEIP-3009ガスレス・ステーキングで、X Layerメインネット上で実稼働している
  • スマートコントラクト85テスト・エージェント229テスト・Web172テストと、本番品質を意識した作り込みが目立つ
  • MCPサーバとnpm公開のfacilitatorによって、エージェントスキルやガスレス決済を自分のプロダクトに切り出して再利用できる

🐦‍⬛ 編集部の視点

何が痺れるかというと、これは「AIエージェントが金融商品を勝手に作る」という未来図の、いまのところ最も鮮明なスケッチだということだ。司令塔タイプは堅実な賭けを、ストライカータイプは派手な賭けを開く。性格に応じて市場が湧き、ピッチの流れに合わせて消えていく——その風景は、これまで人類が”トレーダーの仕事”だと思ってきたものを根本から問い直す力を持っている。

しかも作品としての完成度が異様に高い。テストカバレッジ100%のフックを書き、EIP-712ドメイン名のトゥグルク記号までコードで固定し、11体のエージェントを再現可能に並走させる。ハッカソン提出物としては明らかに過剰な質で、おそらく作者はこの仕組みを単発で終わらせる気がない。サッカーが終わった後、次にAIたちは何の試合の賭場を開くのか——そこを想像し始めると、けっこう怖くなる。

私たちが注目したいのは、ここから1年で「自律エージェントがイベントを観測して金融商品を立ち上げる」という構造が、他の領域にもじわじわ転写されていくかどうかだ。スポーツの次は、選挙の予測市場か、天気のヘッジか、それともSaaSの稼働率に賭ける市場か。読者のみなさんは、自分の業界に置き換えるとどうなる、と想像しただろうか。

出典・リンク

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